:7−2:

 

いくつもの分かれ道を通り、上っているのか降りているのかすら解らない道のりが、このまま永遠に続いていくのかと思った矢先。別世界のようなその大空洞は、突如不意打ちのように目の前に現れました。

お城の庭が、三つは軽く入りそうな大きさです。それまで微塵の光も差し込まない道ばかりでしたが、大空洞は壁の間に小さな穴がいくつもあけられているようで、隙間から差し込む光の筋が、幻想的に光り輝いておりました。

奇麗…。

光は、調度大空洞の中心で交わり、大きな、岩のようなものを照らし出していました。
…岩…?いいえ、ちがっ、違いますっ!あれは…。

巨大な、漆黒の甲冑は既に浅黒く大地と同化し、光る紅玉の瞳があったであろう場所には、いくつもの果てしない穴が開いているだけ。それは、紛れも無く、スコーピオンの抜け殻(ミイラ)でした。

「これが、我らがマザーであったものです。」

亡骸を見上げ、一縷さんは心の読めない表情で私に振り向きました。

「少し、話をしましょう。マザーになって頂くには、我々について知ってもらわないといけませんから。」

そういうと、一縷さんは、背からするりと尾針を伸ばし、私の体をやんわりと持ち上げ、その上に座らせてくれました。

「長い話になりますから。」

つ、疲れないようにとのご考慮だったのですねっ!し、紳士的ですっ!

 

「我らがマザーが…この世界に降り立ったのは、もう数百年も前だと聞き及んでいます。」

世界の枯渇はまだ浅く。スコーピオンの始祖は、辺境の小さな集落に人の姿で紛れ込んだのだと、一縷さん言いました。殆どの精霊は、二つ以上の姿に変化する事ができます。どちらが真の姿というのは実は難しく、私の場合、姿を維持するための魔力消費量が少ないので、大蛇の姿を『真の姿』だと証しています。
…まぁ、人間体より威厳があるっていう理由もあるんですが。

「そして、人の姿で過ごすうち、マザーは、人間と恋仲になったそうです。」

えっ。

「男は、とある部族の長で…マザーの…蟲の姿を眼のあたりにしても、変わらぬ愛を誓いました。」

愛だとか恋だとかいうわりに、一縷さんの糸のように細長い眼からは、何の感情も読み取れず、私はやや困惑しながら、話の続きを聞きました。

「ところが、その内、人間の部族内で争いが起きました。我々スコーピオンには、毒を扱う能力があります。族長であったマザーの恋人は、マザーに、敵集落の水源を毒化するよう頼みました。」

そうでなければ、部族が滅びると。
頼まれて仕方なく、スコーピオンのマザーは恋人の言う通りに、敵集落の泉を毒で汚しました。
水源を奪われてはなす術も無く、そうして戦に勝ち続けた部族は、瞬く間に大きくなったと言います。

けれど、部族の民は、次第に水源に毒を撒き散らす蟲の存在を恐れるようになりました。
己の勝利を招いてくれたものだと理解していても、その姿はあまりに禍々しく、受け入れがたいものだったからです。
高ぶる民の不安は、族長の耳にも届き、彼はスコーピオンの始祖を守ろうと、彼女を人から隔離しました。
時が過ぎれば、人は次第に彼女の姿を忘れる筈だと信じて。
それで、すべては丸く収まるように思われました。
所が、唯一予期せぬ事がおきたのです。
それは、スコーピオンの始祖が身篭ったと言う事。

「それまで、一度たりとも愛を覆した事がなかった男も、生まれてきた『蟲』を見て、顔色を変えました。」

さすがに人間の姿をした美しい女から、異形の怪物が生まれれば、卒倒してもおかしくありません。
それが、自らの子なら、事なおさらでしょう。
泉を毒化する力を広めるのは危険すぎる。そう言って、男は生まれてきた蟲を殺そうとしました。
子供を守ろうと、女は必死に祈願するも、もはや男の目には嫌悪しかなく、共に殺められそうになった女に残された道は、逃げ出す他ありませんでした。

 

「我らがマザーは、生まれて来た子らを連れ、嘆きの谷を越えて、この地に逃れてきたのです。そうして百年以上が過ぎ、メーラルの民は、我らの事を忘れていきました。…その栄華が、我らによって齎されたものでありながら。」

 

話を聞き終えても、私は動くことができませんでした。
スコーピオンが、百年以上も前から人間と係わっていた事実。そして、おそらくは人の血をひいているのだろうという事実。

混乱していると、するりと座っていた尾針が動いて腰に絡まりました。
そのまま引き寄せられ、一縷さんは、私の耳元で囁きました。

「私は、心配なのです。あなたが、マザーの二の舞になってしまわれるのではないかと。」

ぎくりと体をこわばらせ、私は一縷さんの糸のような細長い、感情の読めない瞳を凝視しました。
確かに、スコーピオンのマザーの話は、私の置かれている状況と、似ているといえなくもないかもしれませんが…。いや、でも私べつにリトと恋仲になんかなれてませんし。み、みみみみみ身篭るとか…。
それに、本来、精霊は神の遣いとして生み出された特殊な存在で、普通の生き物のような…その、せ、せせ生殖行為といいますか、そのような事はしないのです。任務のために生まれ、任務を果たして消えていく。
ただ、逃亡者となった精霊は、神の加護を失い、生態に少なかれ異常をきたす場合が多いので一概には言えませんが…。

「あなたはここにいるべきなのですよ。」

すいっと一縷さんの手が伸びてきて、私の頬を掴みました。
爪が首筋に当たって、その瞬間なぜかざわりと体に震えが走りました。

「ですから、今度こそ、私をお選び下さい。マザー。」

今度…こそ…?

糸のように細い眼が、うっすらと見開かれ、赤い瞳孔が覗く。
刹那、危機感を感じて逃げようとするも、巻きついた尾針は、いつのまにか体の動きを完全に拘束してしまっていて、私は睨むように一縷さんを見据えました。

「そのような眼差しの方が、マザーらしくて好ましい。」

もう既に、一縷さんの中で、私の存在はマザーとして確定されているようです。
ま、待ってください。たとえ、スコーピオンの始祖が、本当に闇の精霊だったとしても、蛇と蠍では種族が違いすぎると思いませんかっ!?
訴えかけようにも声は出ませんし、ここはやはり大蛇の姿を見せて解って頂くしか…。

「蟲の姿で交わることをお望みなら、それでもかまいませんが。」

きゃーーーっ!!読まれてますっ!そして私は蟲じゃなくて爬虫類ですっ!
って言ってる場合じゃありません。そうこうしている内に、四肢を拘束され、一縷さんの尾針がスカートの中に侵入してきました。

うわーん、前言撤回つ!この方、全然紳士じゃありませんーっ!

 


 

マリーンのせいでシリアスな場面も台無し…。( ̄▽ ̄;

ネット小説ランキングに入っております。宜しければ投票してやって下さい。


<<...TOP...>><<...BACK...>><<...NEXT...>> <<...HOME..>>