:6−7:

次の日、居間を訪れると真っ先に出迎えてくれたのは飛鳥だった。

「お早う御座います、兄上。空が青いですね。」

そりゃあ青いだろう。
大広間にあけられた盛大な風穴から主張する、寒々しい青空に深い溜息を吐く。こうなる予感はしてたんだ、あの馬鹿精霊め、余計な提案をしやがって。

件の犯人たるリアサーラは朝の狩に出かけたのかとっとと逃げたのか(恐らく後者だろうが。)姿が見当たらず、フェルシアは喧嘩疲れたのか、負けたのか。(やはり後者だろうが。)床に大の字で眠っている。
その横では、ルウェイが座った姿勢で瞳を閉じており、ダカンの姿は見当たらなかった。

「お前は一晩何をしていたんだ?」
「姉上と逢瀬を…。」
「…。」
「していた訳ではなく、薬の改良に励んでおりました。」

こいつ、年々性格がダカンに似てきてるな。苦渋の表情を浮かべる俺に、飛鳥は悪びれなく微笑んで見せた。

「…そっちに励むのは良いが。肝心の任務の方はどうなってるんだ?」

二年前、フェルシアは、兵器開発を、地底族に依頼する為に王都を離れた。
それと同時に、飛鳥にも別の任務が課せられていたのだ。
任務内容は、スコーピオンの巣窟を見つけ出す事。
砂地に潜ったまま移動できる奴らは、人里を襲撃する時、ギリギリの距離まで姿を現さない事が多い。消える時も、荒ぶる砂煙が目くらましとなり、尾行は悉く失敗していた。

「申し訳ありません、兄上。…残念ながら、今回も任務を達成する事ができませんでした。」
「そうか…。仕方ない。」

メッジモークの中で、王家が把握できている地域は、ほんの僅かなのだ。
王都周辺の、23の集落に住む民を、メーラルの民と呼び、彼らだけが、正規的に王家騎士団の庇護下にある。
それより遠方の未開の地には、異民族が住んでおり、リアサーラや、フェルシアの一族がその代表だ。
しかし、異民族すべてが、センチュリオンのような強い輩を輩出する訳ではない。
未開の地に住む多くの力無い民は、干ばつやスコーピオンの餌食となり、多くが絶え行く運命の下にある。
この現状は、今の王家の力では、どうにもならないものだ。
旱害(かんがい)に苛まれ、恵みの乏しいこの大地で、数少ない水源をスコーピオンの毒牙から守るのが精一杯だった。

今までの、状態では。

「未開の地はどんな様子だ?」
「・・・酷いものです、兄上。いくつもの、人の骨すら風化した集落の廃墟を目のあたりにしました。ですが、滅びた民より、生かされている民の方がより不憫やもしれません。蟲に怯え、飢饉に苦しみ、明日が来るかも解らぬ日々を過ごさなくてはならないのですから。」

飛鳥の話す内容は、容易に想像できた。
騎士隊長という立場上、飛鳥ほど遠出はできないが、それでも警護地域から少しでも外にでれば、現状はそれほど変わらない。

だからこそ、嫌な予感がしているのだ。
本人がどう思っているにしろ、マリーンはこの世界にとって、間違いなく『救い』となるだろう。それこそ、女神光臨にも匹敵するほどの奇跡を齎(もたら)そうとしているのだ。
だが、奇跡を得た人間はその分貪欲になる。
女神のように、一度光臨した後は、永遠に姿を消すなら良い。
人の手に届かぬほど傲慢で神々しく、不可侵な存在ならば、なんら問題は無かった。

けれど、マリーンは。

「兄上は、変わられましたね。」
「・・・どういう意味だ。」

含んだ物言いに、眉を顰めて問い返す。

「以前の兄上でしたら、迷い無く姉上を利用していたでしょう。なんせ、国の為ならば愛の無い結婚までしてしまう兄上ですから。」
「…まだ結婚していない上に、愛が無い訳では…。」
「おや、あるのですか?愛。」

こいつは…愛とか簡単に口にして恥ずかしくないのか。

「論点はそこじゃないだろう…それに、マリーンを利用しないとは言っていない。」

俺の科白はよほど想定外だったらしい。
珍しく隠しもせず驚きの表情を見せる飛鳥に、俺は言葉を続ける。

「…だが、いくつか条件がある。」
「条件…?」
「まず、マリーンの血が薬の原料である事は黙秘にする事。」
「確かに、姉上の事が公になれば、要らぬ紛擾(ふんじょう)を招く可能性もありますが…下手に隠せば余計勘ぐられるのでは?」
「…それについては、考えてある。」

昨晩、幾通りもの未来を想定し、なんどシミュレーションを繰り返しても、これ以上良い方策は無いように思えた。

ならば、躊躇わずに実行するしかない。

 

「ラメアを、代役にする。」

 

 

「それはまた…。」

飛鳥が微妙な眼差しで言いかけるのと、爆風が体の横を通り過ぎるはほぼ同時であった。
天上の次は床か…ことごとくこいつらは人の住居を破壊せずにはいられないらしいな。

「なんだ、寝てたんじゃなかったのか?」

スコーピオンの甲冑すら一振りで打ち砕く巨大な斧を振り下ろし、荒ぶる獣のような瞳をたたえた男に向かって冷ややかに言い放つ。

「ルウェイの方が兄上より、乙女心を理解しているという事ですよ。」

答えないルウェイの代わりに、飛鳥が呆れたように呟いた。

「お前の怒りが、解らない訳ではない。だが、これは、許されない事ではない。」

鋭利な眼差しが、剣呑にすがめられる。
模擬試合の時ですら相手を傷つける事を恐れ、態と負けるような奴が、ここまで怒りを露にするのは、珍しいと思った。それだけ、こいつはラメアを思っているという事か。

「そう怒るものではありませんよ、ルウェイ。王女様にとっても、これは悪い話ではありません。ね?兄上。」

同意を求められ、俺は渋々頷いた。
確かに、ラメアにとっても悪い話では無い。…だが。

「兄上が、誠心誠意説得して下さいますよ。

…この後の説得作業で俺がどんな目に合うか、解ってて言ってるな、こいつ。
だが仕方ない。決断は下されたのだ。憎まれ役が必要なら、かってやるさ。

覚悟を決めて、俺は唸るルウェイを無視し、王宮へと向かった。

 

 

一発ぐらい殴られる覚悟はしていたが、案の定というかなんというか。
頬に走った痛みに、俺は僅かばかり眉を顰めた。
避けなかったのは、そうすれば益々王女の怒りを買うと解っているからだ。

「信じられない・・・ひどいわっ!」

瞳に涙を溜め、俺を睥睨するラメアに頭を垂れる。

「…申し訳ありません。」
「ずっと私の所に来てくれなくて・・・久しぶりに会ったと思ったら、私にまた虚像を演じろと言うの!?私が、どんなにそれを嫌がっているか、知っているくせにっ!」

蒼は、メッジモークでは最も尊いとされる色だ。その中でも、ラメアは現世の女神と謳われた前女王生き写しの透き通るような水色の髪と瞳を持って生まれてきた。
なんら特別な力がありはしないのに、眩惑された人々の勝手な期待で女神として祭り上げられているラメアに対して、不憫に思わない訳ではない…だが。

「私、ずっと、ずっと待ってたのよ。メルライナ時から、貴方が忙しい事は解っていたから。約束を果たしてくれるのを、ずっと・・・ずっと待っていたのにっ!」

約束…?
一瞬なんの事だか解らず、困惑してしまった俺だが、直ぐに結婚の事だと思い至った。
そういえばそんな約束をしていた。

「申し訳ありません、ですが、姫と私の婚約は、第一に国の為を思っての事。それをご理解いただけているものと思っていました。」
「解ろうとしたわっ!何度も、何度も、何時だってわかろうとしたものっ!貴方は何時だって国の事を考えて、私をないがしろにしてきたわ。それでも我慢して、我慢して…でも悔しいの、寂しいのっ!どうして解ってくれないのっ!?私、ほんとうは…っ…。」

嗚咽を堪えて泣き伏せてしまったラメアの、予想以上の拒絶に内心驚きながら、俺は震える体をそっと抱きしめた。
ラメアの感情は、理屈を考えれば少しだけ理解できる気がする。
けれどそれは、本で吸収した知識と似たようなもので、理解はできるが、共感はできないものなのだ。まるでガラス越しに見ているような、実感の無さがある。

ラメアには、泉を解毒する薬ができた。その薬を、女神の力として民の間に流布したいとだけ告げた。王家の新たなる力は、数多の奇襲により弱った民の心に希望を与える事ができる。王家に生まれたものとして、それはラメアに架せられた使命のように思えた。

「申し訳ありませんラメア様。ですが、このままでは王家の威厳が失われ、暴動が起きるかもしれません。民の心の安泰の為にも…なにとぞ、偽りをお許し下さい。」
「でも…嫌なのよ…重いのっ!私は女神ではないんですもの・・・。」
「ラメア様…解りました。」

騎士隊長と言えど、一介の家臣が、王女に強要をする事はできない。
多少神々しさは減るが、ここは陛下にお願いするしかないかと、俺が諦めて体を離すと、不意に不安げな眼差しでラメアが俺の衣を握り締めた。

「待って、どうするの?」
「…大丈夫です、どうにかしますので心配なさらないで下さい。ご無礼失礼いたしました。」

説明をする必要も無いだろうと、簡潔に言ったのだが、それを聞いたラメアの瞳が、いっそう寂しげに潤み、俺はぎょっと瞳を瞠目させた。

「酷いわ…酷い人。」

何がだ。酷い話ならすでに終わった筈だが。

「女神になんかなりたくない、けれど女神を偽る事で貴方の側に居られるなら…私、やるわ。」
「…本当に宜しいのですか?」

突如選択肢を変えたラメアに戸惑い、確認するように尋ねる。
ラメアは迷わず頷いた。
良かった。
大きく安堵し、思わず顔が緩む。

「ありがとうございます。ラメア様。」
「…!!」

礼を述べただけなのだが、その途端、ラメアの顔が今までにない程に湯で上がった。
…本当に、女の感傷は解らない。

「ううん、いいの。あなたの為なら。…その代わり、あなたが私を守ってね。」
「はい、勿論でございます。」

俺の返答に満足したのか、顔を赤らめて、ラメアは頬に口付けを落とした後パタパタと走り去った。
ふぅ。とりあえず、一仕事終わったな。…次は新型武器の改良具合を、フェルシアに聞かなければ…。

 

「どうやら私は育て方を間違えてしまったようですね。」
「さすが兄上、その手腕を是非ともご教示いただきたいものです。」

 

…お前ら、いつから聞いていたんだ。というか、なんだその思いっきり非難されているとしか思えない声のトーンは。

「タイチョーさんは自覚ナイからナァ。タチ悪いヨネ。」
「あ、あたし、リト兄みたいの、なんて言うか知ってるー!天然スケコマシ!」

…リアサーラだな、教えたの。フェルシアが馬鹿なのを良い事に…。

「…。」
「俺が悪かったから、斧をしまってくれ。」

殺気漂うルウェイの姿にげんなりと溜息吐く。
センチュリオン全員が揃いもそろって盗み聞きか。
良く解らないが、満場一致で俺は責められるに値する事をしたらしい。
…いや、八割以上はからかわれてるんだろうが。
お前ら、思いっきりこき使ってやるから覚悟してろよ。

 

乙女心を全く理解できないヒーロー…。

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